大阪地方裁判所 昭和23年(行)86号 判決 1960年9月30日
原告 門野寅治郎
被告 国・八尾市農業委員会
主文
一、被告八尾市農業委員会との間で、別紙物件目録第一五の土地について八尾町農地委員会が昭和二二年九月二一日に定めた第四回農地買収計画が無効であることを確認する。
一、原告の、被告国に対する訴、および被告八尾市農業委員会に対する訴のうち同被告との間で、別紙物件目録記載の各土地についての買収計画の公告、承認申請、訴願の裁決、承認の決議、承認書および買収令書の各送達の各無効確認を求める部分、別紙物件目録第四、五、九、二一の各土地を除くその余の各土地についての異議却下決定の無効確認を求める部分をいずれも却下する。
一、原告の被告八尾市農業委員会に対するその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用は原告と被告国との間で生じた分は全部原告の負担とし、被告八尾市農業委員会との間で生じた分はこれを三〇分し、その一を同被告の、その余を原告の各負担とする。
事実
原告は「被告八尾市農業委員会との間で、大阪府中河内郡八尾町農地委員会が別紙物件目録記載の各土地につき昭和二二年九月二一日に定め買収計画、その公告、承認申請、異議却下決定、訴願の裁決、承認の決議および承認書、買収令書の各送達がいずれも無効であることを確認する。被告国との間で、右各土地に対する政府買収(すなわち農林省名義の所有権取得)ならびに政府の売渡(すなわち農林省よりの移転)が無効であることを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。
「一、被告八尾市農業委員会(以下被告委員会という)の前身である大阪府中河内郡八尾町農地委員会は昭和二二年九月二一日、原告所有の別紙物件目録記載の各土地(以下適宜本件各土地あるいは物件目録の各土地の記載の見出しに付した番号をもつて第一の土地、第二の土地というように略称する)にいて、自作農創設特別措置法(以下自創法という)に基づき在村地主の小作地として農地買収計画を定めた。原告はこれに対して適法期間内に異議申立をしたが却下されたので、さらに大阪府農地委員会に訴願したが、同委員会は原告の訴願を棄却して本件買収計画を承認し、大阪府知事はこれに基づいて買収令書を発行した。被告等は本件第四、五、九、二一の各土地以外の土地以外の土地については原告の異議訴願はなかつたと主張するけれども、被告国は昭和二三年九月二九日付の答弁書において、原告が適法期間内に異議訴願したことを一旦認めたのであるから、被告等の右主張は事実無根の主張である。
二、本件買収計画ないし政府の買収は先ず次のような点で違法であり、無効である。
(一) 原告の小作地保有量を侵害している。
原告は八尾町内において自作地三反二畝二〇歩、小作地二町三反二畝三歩計二町六反四畝二三歩を所有する。自創法第三条第一項三号の規定によれば、原告は右小作地のうち一町五反七畝一〇歩(自作地との合計一町九反)を保有することができるのに、本件買収は原告の小作地のうちの一町二反一九歩にもおよぶもので、原告の右小作地保有量を侵害するものである。もつとも原告の保有小作地として六反歩を買収から除外されていることは認める。
(二) 対価が違法である。
本件各土地の時価は反当り三万円を下らず、自創法第六条第三項但書の特別の事情がある場合にあたるのに、単に賃貸価格に法定の培率を適用して対価を定めたのは違法である。
(三) 本件第一五の土地は宅地である。
(四) 本件各土地はいずれも自創法第五条第五号によつて買収から除外すべき土地である。
本件第一ないし第九、第一五ないし第二三の各土地の東方には八尾市国民学校、新制中学校、八尾市立中学校、それに続いて山本住宅地の数百軒の建物があり、北方には隣接して日本蓄電池会社の宿舎、八尾中野用水場があり、西方には右会社の本社および工場建物があり、南方には近畿日本鉄道大阪線山本駅、神社、幼稚園、中野町商店街、小阪合町商店街、住宅が密集し、右商店街にはバスが往来して交通至便である。右の情況は別紙図面一のとおりである。
(五) 本件第一、二、一五、二三の各土地はいずれも一筆の土地の一部であるが、分筆登記もなされていないので買収の対象となる土地の範囲が全く不明である。
(1) 第一五の土地は八尾町八尾中野二八九の内五畝二〇歩と表示されているのみで、その範囲を特定する記載はない。
(2) 第一の土地は公簿上の面積は一反一四歩であり、うち三畝歩は自作地、七畝一四歩が小作地であつて小作地部分を買収するもの、第二の土地は公簿上の面積は一反一畝一二歩であり、うち四畝一〇歩が自作地、七畝二歩が小作地であつて小作地部分を買収するもの、第二三の土地は公簿上の面積が七畝一三歩であり、うち二畝一歩が自作地、五畝一二歩が小作地であつて小作地部分を買収するものであるが、買収計画ないし買収令書に記載されたような表示(別紙物件目録のような表示)の地積は公簿上存在しないから、買収の対象が特定しないし、一部買収の登記手続も不能である。
(六) 本件第三、四、五の各土地には数人の小作人があつて、その耕作地が混然と入り乱れており、これら小作人の買収申込は明瞭でない。これら小作人に対する売渡についても同様判然としないものがあると考えられる。
三、次に本件買収計画、その公告、承認申請、異議却下決定、訴願の裁決、承認の決議、承認書および買収令書の各送達はいずれも次にのべるような事由で違法無効であり、したがつてまた本件政府の買収も後にのべるような事由で当然無効となり、また、ひいては政府の売渡も無効となる。
(一) 買収計画 (1)本件買収計画は八尾町農地委員会の作成名義の買収計画書なる文書をもつて表示されている。しかしながら同委員会に備付されている買収計画樹立に関する議事録によつても右の買収計画の内容と一致する決議のあつたことは明認し難く、また決議を要する買収計画事項の全部が完全には表明されていない。すなわち、右買収計画は八尾町農地委員会の決議に基づかない。かつ法定の内容を具備する適法の買収計画と認めるに足りない。(2)買収計画書は農地委員会という合議体の行政行為的意思を表示する文書であるから、買収計画書に委員会の特定具体的決議に基づいた旨の記載と、その決議に関与した各委員の署名のあることをその有効要件とする。しかるに本件各買収計画書には右の記載も署名もない。
(二) 公告 各市町村農地委員会はその決議をもつて公告という行政処分をしなければならない。この公告は買収計画という委員会の単独行為を相手方に告知する、意思伝達の法律行為である。民法上にいわゆる受領を要する単独行為における告知に該当するものである。自創法においてはこの公告があつてはじめて買収計画の対外的効力が生ずる。本件買収計画の公告は(1)八尾町農地委員会の決議に基づかない。(2)農地委員会の公告でなく、会長名義をもつてする単独行為であつて、その専断に出たものである。(3)公告の内容は前記のような公告の本質からいつて買収計画の告知公表でなければならないのに、本件公告は単に縦覧期間とその場所を表示したものにすぎず、公告としての要件を欠く。
(三) 異議却下決定 これは買収計画に対する不服申立、すなわち異議に対する当該農地委員会の審判であるから、これについては審判に関する委員会の決議を文書をもつて表明しこれを異議申立人に告知することによつて効力を生ずるものである。しかしながら(1)原告に送達された異議却下決定は、八尾町農地委員会がこれと一致した決議をした証跡がないし、同委員会の議事録にもこれを証明する記載がない。(2)決定書は会長の単独行為または決定の通知とは認めうるが、同委員会の審判書と認めるべき外形を備えていない。
(四) 裁決 (1)大阪府農地委員会が原告の訴願について裁決の決議をした事実は認めるが、その議決は裁決の主文についてのみ行なわれたにすぎず、その主文を維持する理由については審議を欠く。ゆえに裁決書の内容に一致する委員会の決議はなかつたというべく、結局本件裁決書は大阪府農地委員会の審判、すなわち意思表示を証明する文書でない。(2)裁決書は会長知事の名義で作成されているが、会長が同委員会の訴願の審査と裁決の決議に関与しなかつたことは公知の事実である。ゆえに裁決書は同委員会の裁決に関する意思を表示する文書ではない。(3)裁決書を会長名義で作成することは法令上許されない。
(五) 承認 買収計画は市町村農地委員会の決議によつて構成され、その対外的法律効果は公告によつて生ずることは前述のとおりであるが、公告によつて直ちに確定的効力を生ずるものではない。市町村農地委員会は買収計画の事務に関しては、上級買収機構である府県農地委員会の行政監督下にある。市町村農地委員会は自創法第八条に従つて府県農地委員会にその承認を申請し、府県農地委員会は買収計画に関する法律上、事実上の事務処理について違法または不当の点がないかを厳密に検討審査し、その承認を行なうものである。すなわち買収計画の承認は承認の申請に基づき買収計画に関し検認許容を行なう行政上の認許で、行政上の法律行為的意思表示であり、行政処分たる法律上の性格を有する。買収計画はその公告によつて対外的効力を生じ、さらにこれに対する適法な承認によつてその効力が完成し、ここに確定力を生じ政府の内外に対し執行力を生ずる。ところで(1)本件買収計画に対しては適法な承認がない。大阪府農地委員会は今次の農地改革における各買収計画に対し法定の承認決議をした外形はあるが、あるいは市町村農地委員会の承認申請に基づかないものがあり、あるいは承認の決議が訴願に対する裁決の効力発生前になされたものがあつて概ね承認の決議自体無効である。このことは本件買収計画に対する承認についても同様である。(2)本件買収計画に対して承認の決議はあつたが、この決議に一致する承認書が同委員会によつて作成されていない。また八尾町農地委員会に送達告知されていない。すなわち買収計画に対する適法な承認の現出告知を欠き承認なる行政処分は存在しない。(3)かりに右の決議をもつて承認と解しても、このような決議は法定の承認としての効力がない。
(六) 政府の買収 自創法による農地改革は農地その他の物件権利を先ず国家に没入し、さらに法定の企画に基づきこれを小作農者等に売り渡すという、一貫した買収売渡手続によつて遂行されるもので、政府の買収は所要の土地、物件の所有権または権利を国に転属取得する目的で行なわれる政府の法律的作用であつて、名は買収といつてもその実質は一種の公用徴収である。この政府の買収には広狭二義あり、狭義においては買収を目的とする行政処分のみを意味し、広義においてはこの処分とその執行を包含したものを意味する。狭義の政府の買収に関しては、特定の行政庁において独立の文書でこれを表示することなく、広義における政府の買収に関しては知事が買収令書なる文書を発行してこれを被買収者に交付して、または公告して、これによつて狭義の買収処分すなわち行政処分を執行し、広義の買収すなわち公用徴収を客観的に具現完遂する。そして狭義の買収は政府みずから行わず、その買収権限を各農地委員会に委譲し、各委員会はその決議をもつて買収計画を確立してこれを公告し、異議訴願なる中間手続を経た後認可または承認により買収計画が確定する。すなわち、狭義の政府の買収は政府みずからの行政処分に属せず、政府から買収権限の委譲を受けた各委員会の行政処分に外ならない。そしてこの処分は買収計画に対する認可または承認が適法に行なわれその効力を生じたことによつて成立する。しかし法律はこの場合政府の買収の成立したことを外部に公表する独立の文書を要求しない。政府の買収に関しては、政府みずからもまた各委員会も独立した政府買収書なる文書を作成することを要しない。ゆえに政府の買収なるものは買収計画に対する認可または承認という外形的行為、すなわち認可書または承認書が各委員会に送達せられたという法律事実の現出によつてその成立を確認すべきものである。したがつて政府の買収の有効無効は、究極するところ、買収計画および買収手続の有効無効の判定である。買収計画ないし買収手続上の各行政処分のいずれかにかしがあり無効であれば、買収そのものも無効である。
(七) 買収令書の発行 政府の買収という行政処分は知事の買収令書の発行という行政処分により執行される。この買収令書が適法に交付または公告され、執行の効力が完全に生じた時に政府の買収という行政処分は完全に目的の達成を見る。すなわち広義の政府の買収は、買収令書の適法な発行と、その被買収者に対する適法な告知により客観的に具現し終局を遂げる。この買収令書は具体的にいえば、認可または承認によつてその確定力を生じた買収計画の執行処分に外ならない。右のように買収令書の発行は政府の買収という行政処分の執行であり、買収計画について適法有効な認可または承認のあつたことを先決要件とする。ゆえに(1)買収令書に表示された買収要項が買収計画の内容と一致しない場合、(2)買収令書の発行が適法な認可または承認が効力を生ずる以前になされた場合、(3)買収令書が買収計画に定めた買収時期以後に発行された場合(この場合は買収計画の執行に該当しない)、(4)買収令書に誤記違算がある結果買収計画と内容を異にする場合(この場合は買収令書自体がその要素において無効である)は、いずれも買収令書の発行が無効である。
(八) 以上のように政府の買収が無効である以上政府の売渡は当然無効である。
四、以上に述べたような理由で、本件各土地についての買収計画、その公告、承認申請、異議却下決定、訴願の裁決、承認の決議、承認書および買収令書の各送達はすべて無効であり、本件各土地に対する政府の買収、政府の売渡もまた無効であるから、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。」
被告等は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のように述べた。
「一、原告主張事実一、のうち、八尾町農地委員会が、原告所有の本件各土地について、原告主張の日時にその主張のような買収計画を定めたこと、本件第四、五、九、二一の各土地については原告から異議、訴願があつたが、それぞれ却下、棄却されたこと、大阪府農地委員会は右買収計画を承認し、大阪府知事はこれに基づいて買収令書を発行したことは認める。本件第四、五、九、二一の土地以外の土地について、原告が異議申立、訴願をしたことは否認する(なおこの点につき、被告国は当初原告の主張事実を認めたがその後訂正した)。原告主張事実二、(五)の本件第一、二、一五、二三の各土地はいずれも一筆の土地一部であることは認める。その余の違法無効事由の主張事実は否認する。原告主張三の点は争う。
二、本件買収計画、その公告、承認申請、異議却下決定、訴願の裁決、承認の決議承認書および買収令書の各送達はいずれも適法有効である。
(一) 原告主張の二の点について
(1) 小作地保有量を侵害するとの原告の主張は自創法第三条第一項二号と三号の規定の関係を誤解するものである。昭和二一年四月一〇日農林省告示第四二号によれば、大阪府にあつては自創法第三条第一項第二号の面積は六反、同条同項三号のそれは一町九反と定められている。そこで、自創法第三条第一項三号が問題となるのは在村地主の自作地が一町三反を越える場合である。自作地が一町三反より少ないときは同条同項二号の規定が適用されるのみで、同条同項三号の規定は問題とならない。本件においても同条同項二号が適用されるのであつて、原告の所有小作地のうち六反歩を買収から除外してある。
(2) 買収の対価の違法は、かりに違法であつても、自創法第一四条の対価増額の訴が認められることはともかく、買収計画ないし買収処分の効力には影響がない。
(3) 本件第一、二、一五、二三の各土地はいずれも一筆の土地の一部であるが、一部買収であることは取消事由たるに止まる。
(二) 原告主張の三の点について
(1) 買収計画 買収計画という行政行為は、機関意思の決定としての市町村農地委員会の議決と、その表示行為としての公告および書類の縦覧とによつて効力を生ずるものである。本件については、八尾町農地委員会は本件買収計画を定めるにあたつて自創法第六条第二項所定の事項、同条第五項所定の縦覧書類に記載すべき各事項について議決しているのであつて、議決の内容にかしはない。その際作成された議事録は一の証拠方法にすぎないのであつて、このみによつて議決の有無あるいはその内容を証明できなければならないというものではない。またかりに議事録が不完全であつたとしても、そのことによつて議決の効力に影響があるわけではない。本件において、議事録によつては右のような内容の議決があつたことを明らかにできないとしても、そのことから直ちに右のような内容の議決がなかつたとすることはできないし、買収計画にかしがあつたとすることもできない。次に原告は買収計画書の不備をうんぬんする、その主張する買収計画書なるものがなにを指称するのかは捕捉し難いが、もしこれが縦覧書類以外の、たとえば合議体裁判所の判決原本に相当するような、議決内容を表示する書類を指するものであれば、買収計画にあつてかゝる書類を作成する必要はないから、かゝる書類の作成を必要とすることを前提とする原告の主張は全く理由がないし、もしそれが、自創法第六条第五項のいわゆる縦覧書類を指するものであれば(一般にはこれを買収計画書と呼んでいる)、これに記載すべき事項は同条項に定められており、それ以外に、決議に関与した委員の署名など必要としないからやはり理由がない。
(2) 公告 本件買収計画の公告をするについて八尾町農地委員会の議決を経ていないこと、公告が同委員会々長名義でなされたことは争わないが、公告は書類の縦覧と相まつて買収計画の表示行為をなすものであり、市町村農地委員会が買収計画を定める議決をした以上自創法第六条第五項により必ず公告をすることを要するのであつて、公告をするについて改めて議決を要するものではない。そしてその公告は市町村農地委員会の代表者である会長がなすべきもので、これが当然市町村農地委員会の公告として効力を有するのである。その内容は単に買収計画を定めた旨を表示すれば足り買収計画の内容を表示する必要はない。本件公告に違法はない。
(3) 異議却下決定 八尾町農地委員会は原告の異議申立について委員会を開いて審議の結果、異議は理由がないのでこれを却下し、この議決に基づいて決定書の原本および謄本を作成し、その謄本を原告に送達している。八尾町農地委員会においては右謄本と同一内容の議決をした。その議決の有無およびその内容が議事録のみによつて証明されなければならないものでないことはさきに買収計画について述べたとおりである。異議に対する決定は要式行為であるから法令の定める形式を具備することを要するが、またそれをもつて足る。しかして右決定の形式については、法令は理由を付した文書によることを要すると定めるに止まり、これに関与した者の署名捺印等は要求されていない。そして右決定書の原本および謄本の作成ならびに送達は右決定の表示行為であるから市町村農地委員会の代表者たる会長がみずからの名義をもつてなすべきであり、会長名義でなされた右行為は当然市町村農地委員会の行為としての効力を有する。
(4) 裁決 府農地委員会が訴願に対し裁決するには事案によつて、直ちに審議し、あるいは小委員会に調査させた上、委員会でその報告を聞いて審議し、右審議によつて訴願書に記載された訴願人の主張その他についての判断およびその判断から帰結される、訴願に対する結論について議決し、右議決に基づいて、結論を「主文」、右結論の由来した訴願人の主張その他についての判断を「理由」として裁決書の原本および謄本を作成し、右謄本を訴願人に送達している。本件においても同様であつた。本件裁決の「理由」についても当然審議々決している。裁決書の原本および謄本は府農地委員会の代表者たる会長名義をもつて作成すべきものであることは異議却下決定について述べたと同様である。知事が裁判書を作成するのはこのように府農地委員会の代表者としての資格に基づくのであり、委員会の会議の議長としての資格に基づくものではないから、知事が裁決をした委員会に出席していなくても、その名義で裁決書を作成することは違法でない。
(5) 承認 承認は府農地委員会が市町村農地委員会の定めた買収計画につきかしの有無を審査する行政庁内部の自省作用であつて、承認があることにより買収令書交付の要件が具備されるに止まり、承認によつて買収計画の効力に消長を来たしたり、直接国民の権利義務に法律上の効果をおよぼすものではない。したがつて承認は行政訴訟の対象となる行政処分ではない。(イ)承認には申請を要しない。承認は右に述べたように、本来行政庁の自省作用であり、性質上自発的になしうるもので申請を要しないのであり、自創法にも承認を受ける手続についての規定はない。(ロ)承認は議決のみによつて効力を生ずる。承認書の作成も、市町村農地委員会への通知も必要でない。行政実例では承認の議決があつた後、会長名義の承認書を作成して市町村農地委員会に送付しており、本件においても同様であるが、これは単に行政庁内部の事務連絡のための措置にすぎず、法令の要求するところではない。(ハ)訴願に対する裁決が訴願人に対して効力を生ずるのは裁決書の謄本が訴願人に送付されたときであるが、自創法第八条の「裁決があつたとき」とは却下または棄却の「裁決の議決があつたとき」と解すべきである。なんとなれば、承認は先に述べたように行政庁内部の自省作用であつて対外的行為でないから、その前提たる買収計画の形式的確定力が行政庁内部において生じた後であれば、承認は適法であり、府農地委員会が訴願に対し却下または棄却の「裁決の議決」をすれば、裁決書謄本送付前であつても、買収計画は行政庁内部において形式的確定力を生ずるからである。一般に府農地委員会においては、訴願についての裁決の議決をした後に、同日または後日承認の議決をしており、本件においても同様である。
(6) 買収令書の発行 (イ)本件買収令書には自創法に定める所要事項を記載してあり、買収計画の内容と矛盾するものではない。買収令書の内容にはなんらかしはない。(ロ)承認は議決のみにより効力を生ずることは(5)に述べたとおりである。本件においては府農地委員会が承認の議決をした後に知事は買収令書を交付した。かりに承認は市町村農地委員会に対して通知してはじめて効力を生ずるとしても、本件においては、府農地委員会が承認の議決をした旨八尾町農地委員会に通知した後に買収令書を交付している。(ハ)買収計画に定められた買収の時期は、この買収計画に基づいて買収令書が交付された場合に国が当該農地の所有権を取得する時期を明らかにするにすぎないものであつて、買収令書交付の終期を定めるものでもないし、国の買収権の消滅の時期を定めるものでもない。したがつて買収令書を買収の時期以後に交付したからといつて買収の効力に消長を来すものではない。対価の支払についても同様である。本件買収令書の交付に関しては原告主張のような違法無効事由はない。」
(証拠省略)
理由
第一、一、被告国に対する訴はいずれも不適法である。
(一) 「政府の買収」の無効確認を求める部分について
原告は、自創法による農地買収手続のうち、買収計画の樹立から承認に至る一連の買収手続(これにあたるものとして買収計画、その公告、承認申請、異議却下決定、訴願の裁決、買収計画の承認を挙げる)を買収を目的とする行政処分として把握し、これを「狭義の政府買収」と称し、この「狭義の政府買収」は買収計画に対する承認が効力を生ずることによつて成立するもので、「狭義の政府買収」なる行政処分は買収令書の発行という行政処分によつて執行されるとして、右「狭義の政府買収」とその執行を包含する手続の全体を「広義の政府買収」と称し、さらにこの両者を含む意味で「政府の買収」というのである。そしてこの「政府の買収」なるものもまた一の包括的な行政処分として、その無効確認を求めるものである。
しかしながら、原告のいうような包括的な行政処分たる「政府の買収」なるものを自創法上観念することはできないし(原告のいう「政府の買収」は、自創法上買収令書の交付(またはこれに代る公告、以下同じ)によつてなされる買収処分をいうものではなく、買収処分(原告は買収令書の発行という)をも含むさらに包括的な概念であることは原告のとくに強調するところである)、また、自創法上の一連の各段階の手続に対しては、それが被買収者に直接向けられたものであつて、その法律上の地位に直接影響を及ぼす行政処分(買収計画、買収処分)ならびに買収計画に対する異議却下決定、訴願の裁決である限りにおいて、直接その効力を争つて出訴することができるのであるから、右一連の個々の手続を離れてことさらに右のような一の包括的な行政処分たる「政府の買収」という概念を構成してこれを出訴の対象とする必要も利益もないといわなければならない。
これを要するに、原告のいう「政府の買収」なるものは行政処分無効確認の訴の対象たる行政処分ではなく、したがつてその無効確認の訴は、行政処分無効確認の対象とならないものを対象とするものであつて不適法といわなければならない。
(二) 「政府の売渡」の無効確認を求める部分について
原告のいう「政府の売渡」なるものが、右「政府の買収」と同様、自創法による農地売渡についての一連の手続を、個々の手続を離れて包括的に観念したところのものを指すのであるか、あるいは自創法上の売渡処分を指すものであるかは明確でない。しかし、もし前者の趣旨であれば右(一)について判示したと同様の理由ですでに不適法であるし、もし売渡処分を指すものであるとしても、自創法による農地の売渡処分は農地の被買収者たる旧所有者の法律的な地位に直接影響を及ぼすものではない(農地の所有権は買収処分によつて国に移転するのであつて、売渡処分はもはや被買収者の所有権にはなんの影響をも有しない)から、農地の被買収者たる旧所有者は売渡処分の効力を争う必要も利益もないといわなければならず(旧所有者としては買収処分の無効確認の訴を提起すれば必要かつ十分である)、いずれにしても原告の「政府の売渡」の無効確認を求める訴は不適法である。
二、被告委員会との間で、買収計画の公告、承認申請、訴願の裁決、承認の決議、承認書および買収令書の各送達の無効確認を求める訴はすべて不適法である。
(一) 買収計画の公告の無効確認を求める部分について
買収計画の公告は買収計画を定めた旨を告知する手続にすぎないのであるから、特段の事情のない限り(本件ではそのような事情は認められない)、公告だけをとりあげて出訴の対象とし、その効力を独立して確定する利益も必要もない。よつて右訴は不適法である。
(二) 承認申請および承認の決議の無効確認を求める部分について
市町村農地委員会の都道府県農地委員会に対する買収計画の承認申請および都道府県農地委員会のその承認なる行為はいずれも行政庁相互間の対内的行為であつて、国民に対する行政庁の対外的行為ではないから、これらはいずれも行政処分無効確認の訴の対象となる行政処分ではない。よつて右訴は不適法である。
(三) 訴願の裁決の無効確認を求める部分について
行政事件訴訟特例法は、行政処分無効確認の訴について明文の規定を設けていないが、行政処分無効確認の訴についても、その性質に反しない限り、原則として同法の適用がある(同法第二条、第五条、第一一条などは無効確認の訴の性質上適用されない)と解し、したがつて行政処分無効確認の訴においても当該行政処分をした行政庁のみが被告適格を有すると解すべきである(当裁判所昭和二三年(行)第一九三の一号、同三三年一二月五日判決、行政事件裁判例集九巻一二号二五七六頁、同昭和二九年(行)第六七号、同三三年四月二一日判決、同裁判例集九巻四号五六七頁各参照)から、訴願裁決の無効確認を求める訴は府農地委員会(農業委員会等に関する法律附則26または27号による場合は府知事)を被告として提起すべきものである。よつて被告八尾市農業委員会に対する訴は被告適格を欠く者に対する訴であつて不適法である。
(四) 承認書および買収令書の送達の無効確認を求める部分について
承認書および買収令書の「送達」というのは単なる過去の事実にすぎない。原告は「承認の決議」と「承認書」の市町村農地委員会への「送達」(交付ともいう)があつてはじめて承認という「行政処分」が効力を生ずると解するようであるが、そのような解釈は原告の独自の見解であつて採用できないし、またそう解してみたところで「承認の決議」とは別異に「承認書の送達」が独立した行政処分であるということにはならない。買収令書の送達についても、原告は買収令書の発行(「狭義の政府買収」の執行たる行政処分)とその「送達」(交付ともいう)によつて「広義の政府買収」が効力を生ずると解するのであるが、このような見解の採用できないことはすでに一、(一)において判示したところであるし、またそう解したところで買収令書の「送達」が独立した行政処分であるということにはならない。結局承認書および買収令書の「送達」というのは単なる過去の事実といわざるをえないのであつて、このような過去の事実は確認の訴の対象とならないから原告の訴は不適法である。なお原告のいう買収令書の「送達」が買収令書の「発行」と「交付」を含めた意義であり、結局自創法上の買収処分を指すものと善解しても、被告委員会は買収処分無効確認の訴の被告適格を欠く((三)において判示したように、行政庁たる知事のみが被告適格を有する)から、結局不適法な訴である。
三、本件第一ないし三、第六ないし八、第一〇ないし二〇、第二二、二三の各土地について、被告委員会との間で異議却下決定の無効確認を求める訴も不適法である。
右の各土地については八尾町農地委員会が異議却下決定をしたことについて立証がない。行政処分無効確認の訴(取消の訴でも同じ)にあつては、当該無効確認の対象たる行政処分が存在することは訴訟要件であるから、その存在について立証がない限り原告の訴は不適法として排斥を免れない。なお、被告国は当初右異議却下決定の存在を一旦認めたけれども、訴訟要件に関しては裁判所の職権調査事項であり自白の適用はない(もつとも当事者間の一致した陳述がある場合、弁論の全趣旨の一として事実認定の資料となることはある)し、また被告国の右陳述が被告委員会の関係で効果を生じるものではない(被告委員会は異議却下決定の存在を認めたことなく、当初から争つている)から、異議却下決定の存在について自白があつたことを前提として被告委員会の否認を不当とする原告の主張は理由がない。
第二、よつて被告委員会との間で、本件各土地についての買収計画、本件第四、五、九、二一の各土地についての異議却下決定の無効確認を求める訴についてのみ以下本案の判断をする。
一、被告委員会の前身である八尾町農地委員会は昭和二二年九月二一日、原告所有の本件各土地について、自創法に基づき在村地主の小作地として農地買収計画を定めたこと、原告はこれに対し、本件第四、五、九、二一の各土地について異議申立をしたが却下されたことは当事者間に争いがない。
二、本件第一五の土地に対する買収計画の無効の主張について
右土地の買収計画はその対象たる土地の範囲が不特定であるとの原告の主張があるので(原告主張の二、(五)(1))先ずこの点から判断する。
(一) 右買収計画が一筆の土地(八尾町八尾中野二八九番地、地積は本件訴訟資料上不明である)の一部を対象とするものであることは当事者間に争いがない。
(二) ところで買収手続をなすにあたつては、買収の対象たる土地の範囲が特定していなければならないことはいうまでもない。したがつて一筆の土地の一部について買収計画を定めた場合、それが有効であるためには、買収計画書に図面を添付するなどの方法によつて買収計画の対象となつた土地の範囲が客観的に明らかにされているか、もしそのような方法が採られなかつたゝめに買収計画書自体では対象たる土地の範囲が明確でない場合には、買収計画の対象たる土地の範囲が、買収当時の諸事情のもとで、少なくとも関係当事者間に疑いを容れない程度に明確に看取できたか、のいずれかでなければならない。もし買収計画書自体では計画の対象たる土地の範囲が明確でなく、また関係当事者間でもその対象たる土地の範囲が明確に看取されないようなときは、何を買収するか確定することができないから、かような買収計画は結局対象の特定を欠き効力を生ずるに由なく、当然無効であるといわなければならない。
(三) そこで本件第一五の土地に対する買収計画が右に述べたような意味で有効であるかどうかを検討する。まず、成立に争いのない乙第二号証(買収計画書)によれば右土地の表示は「八尾町八尾中野字切下二丁目二八九の内五畝二〇歩」とあるだけで、八尾中野字切下二八九番地の土地のうちの一部である五畝二〇歩を対象とすることは判るが、同番地の土地のうちいかなる部分の五畝二〇歩について買収計画を定めたものかは全く判らないことが認められる。そして昭和三〇年一一月一日の当裁判所の検証の結果に弁論の全趣旨(右検証期日における両当事者の一致した陳述等)を総合すると次のような事実を認めることができる。すなわち、八尾中野字切下二丁目二八九番地の土地は南端が道路に接し、そこから幅(東西)約五間、奥行(南北)約六〇間(したがつて面積は約一反)にわたつて存する土地で、検証当時はその南部約四分の一が宅地状をなして一部に製材用の家屋が建ち、その北につゞく約四分の一の部分が金魚用池や草花畑、その北方、すなわち右土地の北部約二分の一の部分は田であつて稲が耕作されており、右田の部分の面積がほゞ五畝二〇歩という本件買収計画の面積と一致する。本件買収計画当時は、右宅地状の部分は右と同じ状況であつたが、その北に続く右金魚用池の部分は北部約二分の一と共に一体の田であつてその間になんの区画もなかつた。
右のような事情を考えると、本件買収計画は農地についてのそれであるから、当然右田の部分を対象としていることは明らかであるが、この田の部分の面積は、買収計画当時、五畝二〇歩よりも多く(右認定から計算すると約七畝ないし八畝歩と推認できる)、したがつて右田の部分の一部を対象とするものであつたと認められるところ田の部分は一体となつてなんの区画もなかつたのであるから、買収計画に定められた五畝二〇歩という面積の表示だけでは、右田のうち果してどの部分を指すかは関係当事者間でも明確に看取できなかつたと認めざるをえない。
(四) そうすると本件第一五の土地に対する買収計画は、その対象たる土地の範囲を特定できないものであつて無効である。よつて、右土地の買収計画については、原告主張のその余の無効事由について判断するまでもなく、原告の請求は理由がある。
三、その余の土地に対する買収計画の無効の主張について
(一) 原告は本件買収計画は原告の小作地保有量を侵害すると主張するが、原告所有の小作地のうち六反歩が買収から除外されていることは原告において認めるところであるから原告の主張はそれ自体理由がない。すなわち、自創法第三条第一項二号によれば、在村地主の小作地のうち大阪府にあつては六反歩(昭和二一年四月一〇日農林省告示第四二号)を超える部分はすべて買収することができるのである。同条同項三号の規定は、ある一定の場合(大阪府にあつては在村地主の自作地と小作地の面積の合計が一町九反を超える場合。前掲農林省告示)には、同条同項二号の制限を超えてさらに小作地を買収することができる旨を定めたものであつて、大阪府の場合は、在村地主の自作地が一町三反を超える場合にはさらに小作地保有量が減少するということではじめて問題になるにすぎないのである。原告の主張は右規定の趣旨を誤解するものである。
(二) 対価の点については、別に自創法第一四条の訴が認められている趣旨から考えて、対価の違法があつても買収計画の効力には影響を及ぼさないと解すべきであるから原告の主張はそれ自体理由がない。
(三) 本件各土地が自創法第五条五号により買収から除外されるべきものであるとの主張は、行政処分のかしが重大かつ明白であることの具体的な主張とするに足りない。
およそ行政処分の無効原因については単に抽象的に処分に重大明白なかしがあると主張し、または処分の取消原因が当然に無効原因を構成すると主張するだけでは足りず、たとえば処分の要件の存在を肯定する処分庁の認定に誤りがあるという場合にはその誤認が重大かつ明白であることを具体的事実に基づいて主張立証しなければならないと解すべきである(最高裁判所昭和三二年(オ)第二五二号、同三四年九月二二日第三小法廷判決、最高裁判所判例集第一三巻一一号一四二六頁、当裁判所昭和三一年(行)第一四号、同三四年一二月二四日判決、行政事件裁判例集第一〇巻一二号二、三三九頁各参照)。これを原告の主張に則して自創法第五条第五号の主張についていえば、本件各土地の周囲に学校、工場、住宅街、商店街があり、附近に鉄道が通つていて交通至便である(その附近の状況は別紙図面一のとおり)というだけでは足りず、それぞれの土地について、右のような囲周の住宅地等との距離、囲周の住宅等の建築された年月、その構造あるいは規模はもとより、それらの住宅街がまさに当該各土地の宅地化を必然とする勢で急速に発展しつゝあることの具体的事実、また、たとえば、宅地化を予想させる道路、上、下水道の完備発展、交通機関の発展や乗り入れがあることの具体的事実を明確にし、少なくとも主張自体からは、当該土地が極めて近い将来(遅くとも一、二年の内に)宅地化することの必然性が客観的に存在すると結論できるのでなければならない。本件において原告の主張する事実からは、右のような宅地化の必然性はとうてい結論できるものではなく、主張自体失当である(なお、当裁判所は昭和三二年一月一二日の口頭弁論期日以来、原告に対し再三右具体的事実の主張をうながしているが、原告は三年間を経過してなおこれに応じないものである)。
(四) 本件第一、二、二三の各土地は一筆の土地の一部であるが、買収計画の対象となる土地の範囲が特定しないとの主張があるので検討する。
右各土地に対する買収計画がいずれも一筆の土地の一部についてなされたものであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二号証(買収計画書)によつては、それが各一筆の土地のいかなる部分を対象とするものかは全く判らない。
しかしながら、第一の土地は公簿上の面積は一反一四歩で、うち三畝歩は自作地、七畝一四歩が小作地、第二の土地は公簿上の面積は一反一畝一二歩で、うち四畝一〇歩が自作地、七畝二歩が小作地、第二三の土地は公簿上の面積は七畝一三歩で、うち二畝一歩が自作地、五畝一二歩が小作地であり、買収計画は右それぞれの小作地部分を対象とするものであることは原告において自ら主張するところである。そして、昭和三〇年一一月一日の当裁判所の検証の結果に弁論の全趣旨(右検証期日における両当事者の一致した陳述等)を総合すると、右三筆の土地はいずれも東西に長く、北から南へ二五七番地、二五八番地、二五九番地と続き、右各地番の境界は不明であるが、買収当時の自、小作地の別は大略別紙図面二のとおりで、自作地と小作地の境界には中畦畔もしくは畝があつて、両者が区画されていたことが認められる。そうすると、買収計画は右各土地のうち小作地の部分をその対象とするものであつて(買収計画書に表示の各面積は原告の主張する各小作部分の面積と一致する)、その範囲も、買収計画当時関係当事者間に明確に看取できたと認められる。
そうすると、右のような場合に買収計画が有効であることは先に第二、二(二)において判示したとおりであるから原告の主張は結局理由がない。なお原告は公簿上存在しない土地であるから登記手続が不可能であるというが、このことは買収計画の効力とはなんの関係もない。
(五) 本件第三、四、五の各土地は、小作人が数人あつて、耕作地が入り混んでいて耕作区域が判然とせず買収申込が明瞭でないとの主張は買収計画の効力にはなんの影響も有しない事実を挙げるにすぎないから主張自体失当である。
(六) 最後に原告主張の三、(一)(二)の点について判断する。
(1) 買収計画 成立に争いのない乙第一、二、三号証に証人岡埜豊数の証言、被告委員会代表者本人尋問の結果を総合すれば、八尾町農地委員会は自創法第六条の定めるところに従い、その決議を経て本件各土地に対する買収計画を定め、同条第五項所定の書類(買収計画書)を作成してこれを縦覧に供したことが認められる。買収計画書に、委員会が買収計画を定めるについて行なつたその他の判断事項や、八尾町農地委員会の具体的な決議に基づいた旨の記載とか、決議に関与した各委員の署名などは必要でないと解すべきである。原告主張の三、(一)の点は失当である。
(2) 公告 市町村農地委員会は、買収計画を定めたときは遅滞なくその旨を公告しなければならない(自創法第六条第五項)のであつて、右の公告をなすことについてとくに委員会の決議を経る必要はない。公告の体裁も委員会の公告であることが判ればよく、委員会あるいは会長の名でしてさしつかえない。買収計画の内容は、買収計画書を縦覧すれば明らかになることであるから、公告には買収計画を定めたことと、買収計画書の縦覧の期間と場所とを明らかにすれば足りる。原告の三、(二)の点は主張自体失当である。
右判示のとおりであつて、本件第一五の土地を除く、その余の土地に対する買収計画が無効であるとの原告の主張はすべて失当である。
四、本件第四、五、九、二一の各土地の買収計画についての異議却下決定の無効の主張について
成立に争いのない乙第五号証、第七号証に証人岡埜豊数の証言、被告代表者本人尋問の結果を総合すれば、八尾町農地委員会は右各土地に対する買収計画について原告の申し立てた異議に対し、委員会を開いて審議したうえ却下の決定をし、それを決定書に表示したものであることが認められる。決定書が会長名で作成されていることは当事者間に争いがないが、決定書は委員会の意思を表明する文書にすぎず、その作成名義についてはとくに法令の定めもないから委員会の事務の総括者としての会長がその名で作成してなんらさしつかえないと解するのが相当である。
そして、先に判示したように右各土地に対する買収計画は有効であるから、八尾町農地委員会が原告の異議申立を却下したのはもとより相当である。
よつて右各異議却下決定が無効であるとの原告の主張は理由がない。
第三、以上判示したとおり、原告の本訴のうち、被告国に対する訴の全部、被告委員会に対する訴のうち、本件各土地についての買収計画の公告、承認申請、訴願の裁決、承認の決議、承認書および買収令書の各送達の各無効確認を求める部分および、本件第四、五、九、二一の各土地を除くその余の土地について異議却下決定の無効確認を求める部分はいずれも不適法であるから却下し、被告委員会との間で本件第一五の土地に対する買収計画の無効確認を求める請求は正当であるからこれを認容し、被告委員会に対するその余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条(被告国との関係)、第九二条(被告委員会との関係)を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)
(別紙省略)